27日の研究会、諸々に感謝

  • 染谷智幸
  • 2014/04/03 (Thu) 10:11:41
27日の西鶴研究会は盛況のうちに幕を閉じました。
ご発表いただいた広嶋進氏、ご講演いただいた中野三敏氏には、心より御礼申し上げます。また、ご質問等に立たれた皆さまにもお礼申し上げます。恐らく、38回まで続いてきた西鶴研究会の中でも最も記憶に残る会の一つとなったでしょう。それにしても、時間が足りませんでしたね。もっとご質問やお話しになりたい方が沢山居られたように思いますが、それはぜひ様々な場所にて、今後も議論を展開して欲しいと思っています。

その「今後の議論」ですが、既に忘却散人さんが「西鶴研究会に参加して」と題されてブログに研究会の感想を書かれています。今回の西鶴研究会全体のご報告としても読める種々行き届いたものです。
http://bokyakusanjin.seesaa.net/

この忘却さんのご指摘に関しては、お名前が出ている方からも再論がありましょうが、私から一つだけ述べておきたいことがあります。それは忘却さんも取り上げていた「西鶴は戯作か小説か」の問題です。

私が「小説」を標榜している理由については、リポジトリで述べましたので繰り返しませんが、強調しておきたいのは、「小説」を始めとして明治初期に再定義された言葉、また「哲学」「自由」のように翻訳語として造られた言葉を、その時代の西欧近代化の風潮を嫌うあまり、手放してしまわない方が良いということです。

明治期にノベルやロマンスを、江戸期まで主流だった「カステラ」「クルス」「アルコール」のようにカタカナ表記でそのまま移入したのではなく、漢語を使って翻訳したことについては、昨今、西欧近代化とは別の文脈から再評価されていることはご存知のことだと思います。それは朱子学化、漢文脈、中国化などと様々に言われますが、要するに東アジアの文脈から、この漢語による翻訳を始めとする明治の近代化を再評価する試みです。

もちろん、漢語による翻訳と言っても、言葉によって浅深の度合いが違いますから、一緒くたには出来ません。しかし、こと「小説」に関しては、造語された「哲学」「自由」などとは違って実際に生きた言葉として、それまで東アジアに在ったわけですから、それらの歴史性が軽視された、つまり西欧近代のノベルやロマンスのレベルで捉え過ぎて来たことは間違いないと思います。別の言い方をすれば「小説」という言葉の書記(エクリチュール)を軽視してきたとも言えましょう。

とは申せ、そういう手垢にまみれたことばでなく、オリジナルなことばを使って説明したい。それを広げて行った方がよい、それも分からないではありません。でも、上記の書記(エクリチュール)の問題からすれば、そうした忌避の根底には、西欧への嫌悪だけではなく、中国や漢語への嫌悪が潜んでいる可能性があるかも知れません。私は昔から、同じ東アジアに「小説」という言葉があるのに、なぜ違うことばを使おうとするのか不思議でしたが、中国や漢語への嫌悪ということであれば、腑に落ちる部分も出て来るような気がしています。

いずれにせよ、江戸時代の浮世草子、戯作も東アジアの散文の一つであるなら、中国を中心にした東アジア小説史を洗い直す中で、それらを小説という言葉で説明できないかどうか、一度抜本的に検討してみる価値は十分にあるのではないかと思います。その作業なしにオリジナルを主張するのは、やはりまずいだろうと思います。

また、戯作を俳句や歌舞伎のような形で世界に広げ育てて行く可能性について、忘却さんは主張されていましたが、俳句が国際的なハイクになったと同時に、連俳の機能をある程度捨象せざるを得なかったことについては、井上泰至さんが述べられた通りで、それを忘却さんもご指摘でしたが(季語の要素も捨てざるをえなかったですね)、問題は、俳句や歌舞伎が世界にどう受け入れられているのかがやはり気になるところです。それは詩や演劇の一つとして、まともに受け入れられず、単なるエキゾチックな興味のレベルに止まっていないか気になるからです。西鶴を小説ではなく戯作と言った場合、同じようなことにならないか、そんな危惧があります。

それから、中野氏の今回のご講演については私も多いに啓発されました。特に忘却さんもご指摘の、どんな質問にも丁寧かつ真摯に答えられるその姿勢もさることながら、フランシス・フクヤマまで広範囲に資料を収集されて問題点を指摘し、自説を補強して居られる姿勢は、日頃、小さく縮こまりがちな、私たち近世文学研究者の蒙を十分に啓くものだと感じました。

また中野氏が、岩波『文学』にお書きになったことに加えて、国内的にも国際的にも様々な啓蒙活動を続けて居られることについてですが、特に外国での発表がいかに厄介なものであるかを知っている身としては、正直頭が下がる思いです。その中野氏のご奮闘ぶりに比べて、我々後進の努力があまりに足りないというご指摘も正しいでしょう。それはきちんと反省すべきです。

ただ、その中野氏のご努力については私同様に皆さんもお認めになって居られると思いますし、そのご努力への尊敬と、努力する方向や方法の議論とは自ずと別個であることは言うまでもないでしょう。むしろ、そのご努力を認めているからこそ、みなさん前置きや世辞抜きにストレートに自説を開陳されたのだと思います。個人的な感想を申せば、篠原さんはもちろんとして、木越さんや中嶋さんの言葉も、私にとっては、中野氏の言葉同様にまた感銘を受けるものでした。

いずれにしても、今回の中野氏のご発表は、忘却さんのブログに中野氏の話題が載ったことがきっかけですから、まずは忘却さんにお礼を述べなければなりません。また、そのことが象徴的ですが、今回の西鶴研究会は、西鶴以外を主に研究をされている方々も多くご参加いただき、また多くご発言をいただきました。これは西鶴研究会としては理想的な形だと思っています。

そうした形になった点も含めて、ご発表いただいた中野氏や広嶋さんを始め、ご参集いただいた皆様に改めて感謝したいと思います。(了)

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